佐藤岳利の経歴は?ワイス・ワイスの元社長の年収/評判を紹介

  • 2022年7月7日
  • 2023年3月31日
  • 社長

佐藤岳利さんは、株式会社ワイス・ワイスの元社長であり、現在はCOOとして活動しています。ワイス・ワイスは、国内材・合法材木のみを使った家具製造・販売を手掛けている企業で、環境に配慮した家具・雑貨づくりを目指しているのが特徴です。

そんなワイス・ワイスを創業した佐藤岳利さんとは、一体どんな人物なのでしょうか。

本記事は、佐藤岳利さんのプロフィールや経歴だけではなく、展開している事業やサービスをはじめ、推定年収、インターネット上での噂や評判などについても調べてみました。

佐藤岳利のプロフィール

  • 氏名:佐藤岳利(さとう たけとし)
  • 生年月日:1964年
  • 出身:群馬県

佐藤岳利さんは、1964年生まれで群馬県の出身です。高校卒業後は、青山学院大学へ進学し、夜遊びをよくしていたといいます。しかし、大学3年生の時に勉強も夜遊びも満足できないむなしさを感じ、大学を休学してアメリカへ出かけました。

3ヶ月ほど米国コーネル大学の語学学校に通ってから、アメリカを車で放浪したといいます。4年生になっても就職活動をする気にならなかったのが理由です。佐藤岳利さんは1年ほど放浪の旅を続けて米国内で様々な人との出会いがありましたが、フロリダで車以外の持ち物や現金などの盗難に遭ってしまいました。

その後は皿洗い社宅などをしながら旅を続けて、無事に米国横断を成功させています。この経験が大きな自信となり、さまざまなことを経験する上で役立ったのでしょう。

日本へ帰国後、バブル全盛期で空間デザインの仕事をしたいと考えていた佐藤岳利さんは、乃村工藝社へ入社しました。乃村工芸社は、店舗や施設の施工やディスプレイに対して非常に強い会社で、空間デザインのノウハウが身についたといいます。

その後、佐藤岳利さんは独立して開業し、国産材を軸にトレーサビリティのしっかりしている木を使った家具を扱う会社に変化していきました。最初からワイス・ワイス一筋ではなく、複数の事業を多角的に経営した結果、ワイス・ワイスにつながったといいます。多角的な経営をしながら経済的な不況を乗り越えるために、あえて舵を切ったのが特徴です。

佐藤岳利の経歴

海外での仕事

ここからは、佐藤岳利さんの大学卒業後からの詳しい経歴について紹介します。

海外事業をメインに活躍

青山学院大学卒業後、乃村工藝社へ入社した佐藤岳利さんは、すぐに香港へ行くように命じられました。その後も、ニューヨークやシンガポールなど海外を転々としており、海外事業をメインとして活躍をしています。

仕事だけではなく、夜間に工事なども任せられ心身ともに限界を感じていた中で、休暇を取得しインドネシアのバリ島へ訪れました。バリ島では物はないけれど豊かで幸せな生活を送る人々と出会い、すっかり虜になったといいます。

佐藤岳利さんはバリだけではなく、観光客が訪れることのない小民族の村々をめぐるようになりました。少数民族の村々をめぐっているうちに、人生で初めて豊かさとは何かについて考えているうちに東京勤務の辞令が出て、日本へ帰国します。日本に戻ってくるまでに、入社してから7年の月日が経っていました。

佐藤岳利さんが東京本社へ戻った2年後に、社内ベンチャー制度が設けられることになりました。社内ベンチャー制度とは、社内でベンチャー企業を作るという制度のことです。人材育成や新規事業が軌道に乗るまでの成功率を高めるなどのメリットがあり、欧米諸国などで採用しているところはあります。

乃村工藝社では早くから社内ベンチャー制度を採用し、新たな人材を育成することにしました。 佐藤さんは社内ベンチャー制度へ応募し、第1号として採用されます。その後、1996年に佐藤岳利さんは社内で㈱ワイス・ワイスを誕生させ、家具・インテリア・雑貨の製造販売や内装工事などを行っていました。

環境への配慮した事業で拡大

木材

佐藤岳利さんが手掛けた㈱ワイス・ワイスは、将来的に飲食業やホテル業を目指していたといいます。しかし、まずは手堅い所で家具・インテリア・雑貨などの製造販売を行っていた結果、2003年には従業員数43人、年商9億円まで業績を伸ばしました。そして東京・渋谷神宮前に表参道店をオープンするまでに至っています。

また、家具・インテリアだけではなく、リフォームやキッチン及び飲食業・英語及び中国語会話教室・料理教室など多角的な事業を手掛けていました。しかし、2005年の耐震偽装事件及び2008年のリーマンショックに伴うデフレの結果、会社が傾いていきました。

業績が伸び悩んでいる中、製品原価を下げて売り上げをアップさせるために仕入れ先の中国の工場を訪れた際に、違法伐採された木を加工して日本に輸入している実態を知ることになった佐藤岳利さんは衝撃を受けて帰国します。

世界中で違法伐採した木材を中国で加工し、日本などの海外で販売していることを指す言葉が、木材ロンダリングです。安く仕入れることができるからと飛びついてしまう人も少なくありませんが、実は違法の木材を使用しているのが注意点といえます。

日本では違法伐採した木材を輸入するには厳しい規定がありましたが、加工品に関しては、当時は違法化されていなかったため海外から多くの木材ロンダリング品が輸入されたのが実情です。

日本へ帰国後、佐藤岳利さんは社内で会議を開き、合法木材やFSC認証されている森の木材を使った家具のみを使用することを決めました。もちろん役員から猛反発を受け、社員の半数が退職してしまいます。それでも彼は意見を変えずに、環境への配慮をした家具を扱う企業として事業を大きく変革させました。

グッドデザイン・ものづくりデザイン賞を受賞

日本でも環境に対しての関心が高まりつつある時代だったため、オーガニックアイテムの売上は好評だったといいます。そのため、オーガニックファニチャー製造・販売へと大きく舵を切った佐藤岳利さんの目論見は、徐々に成功を収めるようになりました。

合法木材・国産材のみを使用している木材を使って作られた家具は、理念を理解した人・デザインや品質の良さに惹かれてオーガニックファニチャーに関して知った人たちからの口コミで広まり、注目を集めるようになります。

2012年10月「東日本大震災被災地周辺地域の杉を活用したエコファニチャー事業」でグッドデザイン・ものづくりデザイン賞を受賞したのを皮切りに、数々の賞を受賞しました。どれもデザイン性だけではなく、環境に配慮している家具づくりを評価してのことです。今までやってきたことが結実したといえるため、多くの人から称賛されました。

地域の活性化へ貢献

構想から2年がかりで完成した家具ブランドは大評判となり、職人のほかに障碍者施設の人の雇用も行っているなど、SDGsにつながる雇用をも生み出しているのが特徴です。

佐藤岳利さんは日本の各地で廃業寸前だった林業及び製材業とコラボレーションを行い、数多くの地域で林業を復活させているのも経歴の一つといえます。国内の木材を使用して地域へお金が流れるようにすることで木を育てる山を健康にし、ひいては地域の活性化につながることも考えている社長でした。現在は、COOとして事業を統括しています。

佐藤岳利の推定年収

佐藤岳利さんの推定年収に関しては、あくまでも推定でしかありませんが約1千万円から2千5百万円弱ではないかと考えられています。

株式会社ワイス・ワイスが誕生した当時、資本金は3,960万円でした。
事業内容は、オリジナルブランドの家具及びインテリア商品の企画・開発・製造・販売、家具・生活雑貨・ライフスタイルショップの運営、商業施設・公共施設等への家具や什器及び内装・建築工事の設計・施工管理、企画コンサルティングや地域プロデュースなどです。運営店舗は実店舗が2店、オンラインショップが1店となっています。

2020年に業務提携を行って、現在では社長ではなくCOOとして働いているため、社長時代の年収よりも高いか、低いかは判明していません。 ただし、社長時代に年商5億円、従業員20人といった形で経営していたため、この時代に年収約2千5百万円から3千万円ではないかと考えられていました。COOとして働いていることにより、社長時代よりも多少下がった場合は約1千万円から2千5百万円ではないかといえるでしょう。

株式会社ワイス・ワイスとは

木製家具

佐藤岳利さんが創業した株式会社ワイス・ワイスは、豊かな暮らしをクリエイトするブランドを目指しています。物質的・経済的な豊かさだけではなく、環境や文化などとの調和や警鐘を大切にすることも豊かな暮らしの一つだと定義しているのが特徴です。

ベーシックで飽きのこない、長期間使用できる物を提供しているだけではなく、長期間使用できるように製品の修理や再利用などに関するサービスを積極的に提供しています。それだけではなく、地球環境に配慮して森を壊さずに豊かな森を育てるのが特徴の一つです。

生産地・生産者が明らかな国内産の木材のみを使用しているだけではなく、持続可能な森林活用や保存を目的として誕生した国際的な制度である「FSC認証」のある木材のみを使用しているのも特徴といえます。

 ワイス・ワイスでは、商品の生産から消費までの過程が適切に追跡可能になっているトレーサビリティを実施しています。商品生産から廃棄まで明確になっているため、品質改善や商品安全性の向上、環境への配慮などにつなげることが可能です。

環境団体と協力して木材の調達指針を設けており、フェアウッドと呼ばれる違法伐採されている木材を使わずに家具を作り、販売することで、環境保全への取り組みを活発化させています。安さでも高級感でもなく、あえて木材のトレーサビリティ、合法で信頼できる木材使用にこだわっているのがポイントです。

佐藤岳利の評判

佐藤岳利さんの評判に関しては、地域の再生・活性化などを手掛ける人物として多くの人から注目を集めています。地域林業の復活の手伝いをしているだけではなく、環境に対して配慮する人物としても知られるようになりました。

2019年3月7日のテレビ番組出演により、多くの人から認知されるようになったのも特徴の一つです。 2011年の東日本大震災で苦境に立たされた製材所が椅子を作って大ヒットを飛ばすようにサポートしたり、原木シイタケの栽培に使われてきた樹木を活用して椅子を造ったりなど、単なる地域活性化だけではなく、椅子1つ1つに物語があるものを作り出すことのできる人物として知られています。

デザイン性だけではなく、物語も1つ1つに込められていることなどを含め、全国各地の伝統工芸を守る現代風雑貨などの事業を立ち上げるための活動にいそしんでいるなど、多角的な活動をすることでも有名です。

リーダーシップに優れており、非常にバイタリティ溢れる活動を行ってきた人物といえます。

環境への配慮を評価する人もいれば、企業理念が素晴らしいという人なども多いです。ただし、強引に物事を進めるところもあることから、合わない人は自然に離れていくところがあるのもポイントといえます。しかし、一緒に仕事をした人たちからは高く評価されており、中にはまた一緒に仕事をしたいという意見も少なくありません。

佐藤岳利は結婚している?

佐藤岳利さんは、プライベートに関してあまり公表されていません。

2009年頃に結婚し、子供がいるといいます。毎日子供たちと朝食を作る時間を大切にしている、良き父親であるとインタビュー記事で明言していましたので、結婚や子供がいることは事実といえるでしょう。

佐藤岳利の活動

佐藤岳利さんはSNSなどでも積極的に評価されており、クラウドファンディングをする弟子などがいるのもポイントです。定期的に勉強会を開催しており、社会的活動をする団体や個人のセミナーなどにも積極的に参加しています。普段から積極的に人と向き合う姿勢をとっている人です。

粘り強く一度失敗したからと言ってくじけずに、何回でもチャレンジする精神力の強い人といえます。精神力の強さは米国留学時代にもたらされたという意見を持つ人も多いです。

家具だけではなく、伝統工芸を守る現代風雑貨などを思いつくなど、日本独自の地域ごとの文化を大切にしているといえます。また、地域の人たちそれぞれが抱えている悩みに関してアドバイスを与え、解決するための糸口を紹介するなど、地域を活性化するためのサポートを行っていることも事実です。

基本的に、木材を通じて地域を盛り上げることができると考えていることや、地域が欠点として抱えていた部分に美点を見出すなど、観察力が優れている人でもあります。一部の地域の小学生の課外授業として自社へ招待するなど、地域の人が自分たちの地域で行われていることがどのようになっているのかを目の当たりにすることで、自分たちが住んでいる地域への誇りを持ってもらいたいと考えていることも事実といえるでしょう。

まとめ

佐藤岳利さんは米国留学を経て、就職先でも海外で過ごしていたため、日本にずっといる人では思いつかないような新たな魅力を引き出している企業人です。かつては、廃業寸前だった製材業などが復興するためのサポートを行っているだけではなく、多くの人とセミナーで対話を行い、人を育てているのも特徴といえます。

今後も人や環境を考えてた活動に注目です!