コウメ太夫さんといえば「チクショー!」でおなじみのお笑い芸人です。白塗りの花魁姿で異彩を放つ芸風から、彼の真の姿を知る人は少ないでしょう。しかし、そのユニークなキャラクターの裏側には、緻密な計算と堅実な資産運用で成功を収めた、もう一つの顔が存在するのです。
この記事を読めば、あなたが知っているコウメ太夫さんのイメージはきっと一変します。そして、彼の投資家としての成功の秘訣を知ることで、あなた自身の資産形成のヒントも得られるかもしれません。
コウメ太夫のプロフィール
白塗りの花魁姿に「チャンチャカチャンチャン」という独特のリズム、そして予測不能なフレーズで観客を煙に巻くコウメ太夫さん。その唯一無二の芸風は、日テレ「エンタの神様」などで多くの視聴者に強烈なインパクトを与えました。
本名 | 赤井 貴(あかい たかし) |
生年月日 | 1972年4月20日 |
出身 | 東京都 |
職業 | 芸人 |
ここでは、そんな彼の芸人としてのルーツや、知られざる素顔に迫ってみましょう。
生い立ちと芸人になるまで
1972年4月20日、東京都に生まれたコウメ太夫さんの本名は「赤井 貴(あかい たかし)」さんです。彼の生い立ちは、意外にも裕福な家庭でした。父親は芸能プロデューサー、母親は元女優という芸能一家に育ち、幼少期には家庭教師が4人もつくほどの教育熱心な環境だったといいます。
しかし、本人は「学校の授業がまったく分からなかった」と語るように、学業にはあまり興味がなかったようです。一度は大学に進学するも中退し、「歌手になりたい」という夢を抱いて、梅沢富美男さんの劇団に弟子入りしました。これが、彼のエンターテイナーとしてのキャリアの第一歩だったのです。
ブレイクと再ブレイク
劇団で経験を積んだ後、お笑いの世界に転身したコウメ太夫さんは、2005年に現在の事務所であるSMA NEET Projectに所属しました。
そして、2006年頃に人気番組『エンタの神様』に出演したことで、その独特な芸風が全国に知れ渡り、一躍大ブレイクを果たします。当時の月収が400万円にも達したという逸話は、彼の人気ぶりを物語っているでしょう。しかし、その後は一発屋芸人としてテレビへの露出が激減し、一時は“消えた”状態となりました。
しかし、ここからが彼の真骨頂です。SNSが普及し始めた頃、彼はTwitterで「まいにちチクショー」と題し、毎日謎めいたツイートを投稿するようになりました。これが「意味不明だけど面白い」と、若者を中心にじわじわと人気を集め、再ブレイクのきっかけとなったのです。さらに、俳優やダンサーとしても才能を開花させ、多方面で活躍しています。
コウメ太夫の経歴

コウメ太夫さんのキャリアは、一般的に知られる「チクショー」の芸風だけでなく、様々な側面を持っています。ここでは、彼の芸能活動における主な節目と、その裏で築き上げてきたもう一つのキャリアについて見ていきましょう。
芸人としての紆余曲折
大学中退後、歌手を目指して梅沢富美男劇団に入団したコウメ太夫さんは、歌の才能を磨く一方で、観客の反応を直接肌で感じる舞台の世界に魅了されていきました。その後、お笑い芸人としての道を志し、2005年にSMAに所属。2006年頃には『エンタの神様』でのブレイクを機に、瞬く間に売れっ子芸人の仲間入りを果たしました。
しかし、常に新しい芸人が台頭するお笑い界では、一発屋として消費されるリスクも伴います。コウメ太夫さんも例外ではなく、一時期はテレビの仕事が激減し、苦しい時期を経験しました。
その苦境を救ったのが、彼自身の発信力です。Twitterでの「まいにちチクショー」という活動は、従来の芸人像を打ち破るものでした。意味不明でありながらも、どこか癖になるその内容は、ネット上で大きな話題となり、新しいファン層を獲得することに成功しました。
俳優・ダンサーとしての活躍
近年では、芸人としての活動に加え、俳優としても評価されています。ドラマや舞台に出演し、その独特の存在感で役柄に深みを与えているのです。
また、特技であるマイケル・ジャクソン風のダンスも披露しており、2013年には「ムーンウォーク世界大会」のお笑い部門で準優勝を果たすなど、その才能は多岐にわたります。こうした多才な活動が、彼を「一発屋」で終わらせることなく、長く芸能界で活躍できる理由の一つになっているのでしょう。
コウメ太夫が投資を始めたきっかけ
コウメ太夫さんのブレイク後、彼を襲ったのが「仕事の激減」という現実でした。華やかな世界で一気に大金を稼いだものの、いつまで続くかわからない不安定な仕事。そんな芸能界の浮き沈みを目の当たりにしたことが、彼が投資家としての道に進む大きなきっかけとなりました。
マネージャーからの助言と母親の一言
『エンタの神様』でのブレイクが落ち着き始めた頃、コウメ太夫さんのマネージャーから、ある衝撃的なアドバイスがあったそうです。「この先、仕事が減っていくからね」という現実的な言葉に、彼は将来への不安を募らせていきました。
そこでマネージャーが提案したのが、当時コウメ太夫さんが母親と同居していた実家を「真っ二つに分けて、半分を賃貸にする」という、不動産投資のアイデアでした。
しかし、この突飛な提案に、彼の母親は猛反対。激怒した母親から「なんで私が建てた家を半分にされなきゃいけないんだ!」と叱られたといいます。しかし、その際に母親が放った「私、アパート経営やっているから、あなたもやってみたら」という一言が、彼の人生を大きく変えることになったのです。
親から受け継いだ不動産投資のDNA
実は、コウメ太夫さんの実家は、もともと不動産業を営んでいました。子どもの頃から、ごく身近に不動産投資の世界があったため、彼自身も漠然と「いつかやってみたい」という思いがあったそうです。
母親の一言をきっかけに、彼は不動産会社を訪れ、本格的にアパート経営について学び始めました。最初は何もわからず、手探りの状態だったといいます。しかし、将来への不安を解消するために、そして、シングルファザーとして息子さんを育てるために、安定した収入源を確保する必要性を強く感じていたのです。
彼の投資家としてのキャリアは、芸人としての苦境と、家族への責任感が原動力となり、偶然の巡り合わせから始まったのでした。
コウメ太夫が注目する投資分野

コウメ太夫さんの投資家としての顔は、意外にも堅実で安定志向です。彼の投資活動は、主に不動産に集約されています。
不動産投資一筋の理由
ブレイク時に手にした大金を、株やFXではなく不動産投資に投じたコウメ太夫さん。その理由を彼は「円安とか言われてもわからないし、毎日チェックするタイプではないので不動産投資は楽かなぁ」と語っています。
これは、彼が投資に対して投機的な要素を求めていないことを示唆しています。短期的な売買で一攫千金を狙うのではなく、長期的に安定したキャッシュフローを生み出すことに重きを置いているのです。
芸能界という不安定な世界で生きてきたからこそ、彼が求めたのは、地に足のついた堅実な資産形成方法でした。不動産投資は、一度購入してしまえば、あとは入居者がいる限り安定した家賃収入が得られるため、彼のライフスタイルに最も適した選択肢だったと言えるでしょう。
株式やFXには手を出さない?
多くの芸能人が手を出している株式やFXといった投資分野に、コウメ太夫さんはほとんど関心を示していません。
これは、彼の投資に対する考え方が明確に表れている点です。日々の価格変動に一喜一憂することなく、自分の生活や本業に支障をきたさない範囲で、着実に資産を増やすことを優先しているのです。
この堅実な姿勢こそが、彼が投資家として成功している大きな要因の一つと言えるでしょう。
不動産投資・株式投資などの具体的な手法
コウメ太夫さんが行っているのは、不動産投資、中でもアパート経営です。彼の投資手法は、派手さはないものの、非常に堅実で、これから不動産投資を始めたい人にとって参考になるポイントが満載です。
ブレイク時の貯金を頭金に
コウメ太夫さんは、『エンタの神様』で稼いだギャラを豪遊することなく、コツコツと貯金していました。その金額は、なんと3000万円にも達していたそうです。この大金を元手に、彼はアパート経営に乗り出します。
彼が購入したのは、都内の駅近に建つ新築アパート。価格は約5000万円でした。彼は貯金していた3000万円を頭金として支払い、残りの2000万円をローンで賄ったのです。
この手法は、不動産投資において非常に重要です。自己資金を多く投入することで、借入額を減らし、返済負担を軽減することができます。これにより、キャッシュフロー(手元に残るお金)を確保しやすくなり、経営が安定するのです。
駅近の物件を選んだ理由
彼が購入したアパートは、西武池袋線の沿線にある駅から徒歩5分という好立地でした。不動産投資において、立地は成功を左右する最も重要な要素の一つです。
駅に近ければ、通勤や通学に便利であるため、常に高い入居率を維持しやすくなります。コウメ太夫さんは、専門知識がない中でも、物件選びの基本を押さえていたと言えるでしょう。
また、彼は「近くに広めの公園やコンビニもあって、こりゃいいなと思ったんです」と語るように、周辺環境も重視していました。入居者が快適に暮らせる環境は、空室リスクを減らす上で非常に重要なポイントです。彼の物件は現在も満室状態が続いており、この選択が正しかったことを証明しています。
堅実な経営スタイル
コウメ太夫さんは、アパートの大家さんとして、入居者対応や物件のメンテナンスにも真摯に取り組んでいます。テレビ番組などで「お掃除とか、部屋を出る・出ないの連絡がくるので、新しい入居者さんを探したり」と、自ら大家業をこなしていることを明かしています。
芸能人でありながら、地道な作業をいとわない彼の姿勢は、多くの人に驚きを与えました。この堅実な経営スタイルが、彼の不動産投資を成功に導いている要因の一つなのです。
投資家として評価と実績
お笑い芸人でありながら、投資家としても成功を収めているコウメ太夫さん。彼の投資家としての評価は非常に高く、その実績は多くのメディアで取り上げられています。
一発屋で終わらなかった理由
コウメ太夫さんが、一発屋芸人として消えずに長く活躍できているのは、不動産投資による安定収入があるからだと、多くの関係者やファンが分析しています。
不動産投資で得られる家賃収入は、芸能界の仕事が減った時期でも、彼に生活の基盤と安心感を与えてくれました。これにより、焦って仕事を選ぶ必要がなくなり、自分のペースで好きな仕事に打ち込むことができたのです。
「人生投資案内人」というウェブドラマで主演を務めるなど、その堅実な投資家としての顔は、今や彼の大きな魅力の一つとなっています。
安定した家賃収入と事業拡大の可能性
コウメ太夫さんが所有するアパートは、現在も満室状態が続いており、毎月安定した家賃収入を得ています。その額は、月35万円ほどだと言われています。
この収入は、彼の生活を支えるだけでなく、さらなる投資の軍資金にもなっています。彼は「アパートをもう1個買えるカードがほしい」と語るなど、事業拡大にも意欲的です。
多くの芸能人が、一発屋として稼いだお金を浪費してしまう中、コウメ太夫さんはその大金を将来の安定のために賢く使いました。彼のこの決断が、現在の成功に繋がっているのです。
コウメ太夫流・お金の使い方と増やし方

コウメ太夫さんの投資に対する考え方や、お金との向き合い方は、多くの人にとって学びとなる点が多々あります。ここでは、彼の「お金の使い方」と「お金の増やし方」について掘り下げてみましょう。
「浪費」より「投資」
ブレイクして大金を手にした時、高級車を買ったり、ブランド品を買い漁ったりする芸能人は少なくありません。しかし、コウメ太夫さんは、そういった「浪費」にはまったく興味がなかったようです。彼は、コツコツと貯金に励み、将来の安定のためにそのお金を「投資」に回しました。
彼にとって、お金はただ使うものではなく、自分の将来を築くための道具だったのです。特に、シングルファザーとして息子さんを育てる責任感も、彼を堅実な道へと導いた大きな要因でしょう。
自分のできる範囲で、無理をしない
コウメ太夫さんは、金融商品のような複雑な投資は避け、自分が理解できる不動産投資を選びました。これは、彼の「無理をしない」という考え方がよく表れています。
彼は、「こんな俺でもやれてますから」と語るように、専門家でなくても、地道に学んで実践すれば成功できることを証明しました。彼の成功は、誰でも始められる堅実な資産形成の重要性を教えてくれています。
まとめ
お笑い芸人として異彩を放ち、多くの人々に笑顔と衝撃を与え続けるコウメ太夫さん。しかし、その奇抜なキャラクターの裏には、堅実な不動産投資で成功を収めた、もう一つの顔がありました。
彼は、芸能界の浮き沈みという現実を目の当たりにし、将来への不安を解消するために不動産投資を始めました。ブレイク時に稼いだ3000万円を頭金に、駅近の新築アパートを購入し、大家さんとして地道に物件を経営しています。
この堅実な投資活動が、彼を一発屋で終わらせることなく、長く芸能界で活躍できる基盤を築きました。彼の成功は、「浪費」ではなく「投資」を選択し、自分のできる範囲で着実にお金を増やすことの重要性を私たちに教えてくれています。
これからもコウメ太夫さんは、芸人として、そして投資家として、私たちに驚きと学びを与え続けてくれるでしょう。